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五島退教協便り
発行元 
五島退職教職員等
連絡協議会
2021年7月13日
五島の小、中学校を退職した先生達で作っています
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21
退教協ごとう NO16
2021年7月13
五島退職教職員協議会
タイトル 内容の概要 文責
担当者名
総会
2年ぶりに総会が開かれました
 6月19日(土)午前10時より奈良尾の「しおさい」で総会が開催されました。参加者は、下地区から2名、上地区から6名の計8名。原さん議長のもと、まず物故者への黙祷。会長の平田さんの挨拶「‥‥秋頃には衆院選挙があります。私たちはコロナのために活動ができなかったというのではなく、コロナ禍であったがここまではできたぞと言えるようがんばりたい」 さらに会員名簿を元に、知り得た近況が報告された。「認知が進んで来ている、耳が遠くて電話ができない、足腰が弱って買い物もままならない、老老介護の日々」‥‥それでも仲間としてつながり続けていることが確認されました。「膝を悪くしたが、リハビリに通い続けて自由に動くようになった」(寺脇さん)「公民館長、老人会長、保護司、観光ガイド‥などがんばっている」(上河さん)「夜遅くまでネットで囲碁を楽しむ。五島代表という方に勝てるようになった」(宗さん)「研磨機で、ガラスのコップに絵や文字を刻むことにはまっています」(江濱さん)「町内会、文化協会などいろんな役が回って来ている。毎日4kmくらいは歩くようにしている」(道津)「区長7年目、地区の共同アンテナ組合や高潮対策の総会など忙しい」(枡田さん)「短歌の会、絵画・陶芸教室、習字‥忙しいが毎朝1時間読書している」(原さん)「区長4年目、10年以上椿苗を育てる会の代表をしているがそろそろ‥‥」(平田さん)
 活動方針についての話し合いでは、
〇国会で成立した「土地規制法」では、「施設の 機能を阻害する行為」ということで抗議集会 をすることさえ規制されることになるおそれ がある。
〇三井楽の京ノ岳には航空自衛隊のレーダー基 地がある。いつの間にか道路も拡張整備され ている。また「陸自の水陸機動連隊を五島に !」という運動もされて、賛成する雰囲気が広がってきている。怖さを感じる。
〇秋の衆議院選挙に2人の山田氏が出るようだ。これでは谷川氏がやすやすと当選するこ とになるのではないか。今の菅政権は怖い。表面上は何もないように見えても裏で国民 を騙していくような危険性がある。今度の選挙で力を削がないといけない。
〇文書配布については、総支部書記局なりに置いて取りに来てもらうことも考えたらどう だろう。
〇互いに動けない状況は年々深刻になる。年に2回くらいは本人に会って様子を知りたい。
 本年度の会費は、コロナの影響で活動が制限されるため、2,500円(積立金と合わせて3,000円)再任用の方については1,000円(積立金と合わせて1,500円)
となりました。
平田昌一枡田重忠
新役員

奉安殿跡
また、新しい役員は次の通り承認されました。
│ 会   長│ 平 田 昌 一

│ 幹   事│ 坂 下 好 廣 │
│ 副 会 長│ 上 河 恵 賜

│ 幹   事│ 原 吉 成 │
│ 事 務 局長│ 枡 田 重 忠

│ 監   査│ 吉 田 精 志 │
│ 事務局次長│ 道 津 喜八郎

│ 顧   問│ 片 山 圭 弘 │
│ 会   計│ 馬 込 鹿太郎

│ 顧   問│ 富 上  進 │
 

岩瀬浦小学校の奉安殿跡を踏査   
平 田 昌 一

奉安殿 │
│御真影・教育勅語謄本などを奉安するために学校の敷地内に作られた施設。1920│
│年代後半から30年代に普及。奉安所。〈広辞苑〉


 小学生(戦後10年だった頃)の記憶だが、運動場から見えていたのは校舎の裏山に上がっていく石段があり、行き着くところに山肌を削った場所だった。誰に教えられたのか、「あれは奉安殿だから近寄ってはいけない」という。確かに、やんちゃ盛りだったはずなのに彼等が遊びに行ったりしているのを見たことはなかった。
 町文化財課が戦争関連遺構を調査することになった時、岩瀬浦小学校の裏山にあった奉安殿を思い出した。60年前の不確かな記憶であることと、既に廃校となって6年の学校裏であることを考え、岩小後輩の枡田重忠さんを誘ったら快諾の返事。
 校舎周辺は荒廃の一途をたどっていたが、意外とすんなり校舎裏を歩行でき、中ほどまで進むと、さえぎるものがほとんどない状態の石段を仰ぎ見た。2月だったので、幅1mの石段の両側の草は枯れ果てていた。いくらか腐葉土がたまっていたが、登るのにはほとんど支障がなかった。およそ50段登って目的地に着いた。
 そこは、記憶通りに山肌を削っており、冷ややかな土色の壁が正面にあった。幅10m、奥行き8mの長方形の広場は3方を1mの高さの整然とした石垣で囲まれていた。周辺の杉木立ちの端の方に位置するのか、数本の杉が植えられていたが、そのうちの2本がそれらしきものがあったことを示すように立っていた。それらしきものがあった痕跡は見つからなかったが、枡田さんが1mの金属板棒を発見。何に使われたのか、さっぱり見当がつかない奇妙な形をしていた。
 周辺を探索していたら、広場のすぐ下に60cmぐらいの高さの石柱を発見。結果的に、石段の左右に3つまで見つけることができた。それらは、それらしきものを囲うために使われていたのだろう。石柱には他の石柱と何かでつなげるための穴が穿っていたから。また、周辺の地に存在しないコンクリート片が散乱していた。推測するに、戦後、何らかの指示・命令・伝達があり、それらしきものを撤去する際に併せて付随するものを破壊したのではなかろうか?打ち捨てられたという印象を受けた。石柱の一つは木の根元の下側にあり、捨てられた後に木が石柱の上方に根付いたように見えた。石柱を落とそうとしているのか、落ちるのを支えようとしているのか。
 石段の横に降り立つと、石段に向かって左側の部分がえぐられていて、その構造を見ることができる。基礎になっている土の道の上にコンクリートで支えられた石段があるというふうに。よくもここまで持ちこたえてきたものだと思った。このままでは崩壊の危険性は疑いようもないが、それはもう少し先のことになるだろう。
 繁茂する雑木・雑草を想像していたが、拍子抜けするくらい、すっきりとした環境の中にあった。杉木立ちの中にひっそりと面影を残す奉安殿の跡だった。

《奉安殿に関する証言》 │
│〇校門に立つと奉安殿に向かい一礼することを、最初に教わった。昭和18年国民学│
│校初等科入学で、奉安殿の意味もわからない。ただ戦争の言葉だけは何時も耳に入っ│
│ていて、毎日戦争ごっこで遊んでいました。遠目で、2間ほどの白っぽい建物があり、│
│上の方に菊の御紋があった。奉安殿の周囲は芝生であった。 │
│〇終戦は小学3年の時で、奉安殿の建物は小学5年の頃なくなっていたと思う。コン│
│クリートでできていた。 │
│〇校舎の裏山に奉安殿があり、皇室のお写真が飾られていて、四大節の式典に必ず末│
│永先生がうやうやしく持って来られ、全校生徒一同最敬礼をした記憶があります。 │
│〇低学年時には戦争中、校舎裏小高い所に、兵隊さんの安全感謝を願う塔が建てられ│
│てあり、その塔に向かって皆さん一人一人が一礼をして校庭に入っていたこと、空襲│
│警報発令には防空壕に避難して怖い時もありました。

 

 

平田昌一
トマトの鉢植え 
シリーズ「フォト漫歩」O「トマトの鉢植え」寺脇 良雄
 先月、「地産地消で島を豊かに」と書かれたバリュウ店の苗物売り場で「トマトの鉢植え」を目にした。横でずっと見つめている人がいたので、「買うのですか?」と声をかけると、「とても暑いので、トマトの様子が心配で水やりに来ているんです」との予期しない返事。自分で育てた苗が売られている店先にまで来て水やりをする方に、驚きと親しみを感じた。トマトの収穫を経験したことのない私。定価の500円は安いと思いながら購入させてもらった。トマトの世話をしている光景は季節感を表現できると思い、翌日の正午頃レシートに記された住所をたよりに撮影に出かけた。20分程で富江町の岳にお住まいの川本東さん宅に到着。訪れた訳を伝えると、快く応対していただき、感謝しながらシャッターを切った。「トマトは連作を好まないので、7年程前から鉢植えで育てています。初めの年は売れるか不安でした。しかし評判が良く、年々鉢の数が増えて暮らしぶりにも元気が出て来ました」‥‥仕事場のハウスの中で、ポツリポツリと語られる姿に誇らしさを感じました。お客様に満足していただけるような苗を届けたいと、店先にまで水やりに出かける川本東さんの姿勢に私も心に栄養をいただいたような気がしました。
 
 

 

寺脇 良雄
訃報  藤田和男さんがご逝去されました。  │
│6月14日、長年総支部の書記長などを務められた藤田和男さんがご逝去されま │
│した。コロナ禍のなか家族葬で送られたそうです。長い間の重責お疲れ様でした。 │
│心よりご冥福をお祈りいたします。
藤田和男
原稿募集 退教協ごとう「戦後75年記念平和文集」
原稿を募集しています


 戦後75年という節目に現会員である私たちにしか作れない平和文集を 残そうと「戦後75年記念平和文集」を発刊することが話し合われました。 〇戦争の原体験 〇体験者から聞いた話 〇戦争の傷跡がまだ風景のあち こちに残っていた子ども時代 〇とりくんで来た「平和教育」の内容や管理 職との確執 〇地域に残る戦争の記憶 〇今日の政治や社会の動きに危惧 すること‥‥  原稿の募集期間を春頃までとして、夏頃には発刊する予定です。出来上がった文集は会員の皆さん全員にお配りいたします。  原稿は、FAX(0959−45−2114)または、電子メール (sigetada.06@world.ocn.ne.jp)、封書でもかまいません。できれば、写真が あれば最高です。メールの場合はお電話してください。  
〒853−3102  新上五島町岩瀬浦郷636−6  
                     広報担当 枡 田 重 忠
枡田重忠
     
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 平田先生に頂戴した五島藪ツバキ白が咲いてびっくりでした
背丈50cm足りずの木に11個の花が咲きました
平田先生ありがとうございました。Boy
 
最後のツバキが咲きました。
 
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五島退教協の歌 作詞:鹿谷志嘉之さん

作曲:梶山 清さん
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